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監査報告を受けて、「議会として、議員として」

5/21、5/28と議運(議会運営委員会)と全協(全員協議会)が開かれました。
三宅町議会議員の集まりです。
先般の学童のプロポーザル審査に関する監査結果報告の関連で、5/21の全協で、私は、議会として、
1.監査結果報告の内容について、監査委員に質疑する機会を作らないか
2.監査結果を受けて、議会が住民にその顛末、内容を説明する機会を作らないか

という提案を出しました。

1については、
「監査報告」には、意図せずのことなのか故意なのかわかりませんが、あいまいな表現が多数あり、作成者の意図を正しく理解するためには、記述者に確認すべきところが多々あると思えたからです。
(監査委員には、監査の守秘義務があり、簡単な言葉の意味を問うものであっても、公の場で行うほうが望ましいものだろうとの配慮でもあります。)

2については、
議会が住民の代表として監査請求を行なって、監査報告は議会に対してなされているのだから、それを住民に報告するのはあたりまえの事で、監査委員が住民に報告するわけでもなく、しかも報告書が、あのようなもの(読者それぞれでとらえ方が異なる可能性が高い)であることから、議会が何を問題にして、その結果がどうであったのか、議会のとらえ方を明らかに示す必要があると考えたからです。

そして、5/28に開かれた全員協議会で、以下が議会としての結論となりました。

1について、
 まず、先の6月議会では、監査委員か議長かからの「監査結果報告」の報告がありますが、その場での、質疑は受け付けられないことになっているようです。
ならば、別の場(全員協議会でも、委員会でも)を作りましょうよ。
議会が、「議会として」報告書をどのようにとらえてどのように行動するかを決めるには、まず、「監査報告書」を理解するところからスタートすべきと考えてのことです。
が、しかし、採決の結果、4対5で、『監査報告に対する質疑の場は設けない』ということになりました。
 反対意見としては、
「監査の結果は、あれで出ている。次は、それを受けて、行政がアクションを取る。そのアクションが出てきたら、それに対して、議会がどうするかの行動を取る。で良いではないか。」
といったもの。

2について、
 「そもそも、監査請求すること自体が全会一致でなく、今でも反対の意思をもつ議員もおられる。そのような状態で、議会として、監査の内容を伝えることは困難。」
 「住民説明会の場で、そういう意見の違いも含めて、全部説明すれば良いではないか。」
 「本件に関しては、多数決などで、多数者の意見を議会の意見とするのはよろしくない。」
 「現時点では、まだ不明な点も多く、説明できるレベルにない。時期尚早。」
 「説明といっても、説明会ではなく、議会だよりや広報に文書で示すほうが良い。」
などの意見があり、
「採決は取らず、全部落ち着いたところで、何らかの対応を考える
を議会のアクションとすることに決まりました。
 なお、議会としてではなく、議員がそれぞれの活動としてやる事については、何ら問題ないことは、言うまでもありません。
(ただし、他の人の誹謗中傷はもちろんNG。)

追記。(ちょっと書くつもりが、本文よりも長くなってしまいました。)
 監査報告に対して、もう少し内容を確認してからと思っていましたが、公に内容を確認する術が無い。
また、議会としての行動がとれない事が明らかになった今、一議員としてやるべきこととして、私が自分で理解した内容に基づいて、広く、住民の方々に問うべきと考え、あらためて、監査報告に対して、今回の監査について、意見を述べたいと思います。
(全てがウラのとれているものではありません。勝手に誤解しているかもしれません。)

監査自体について
監査の対象は、
 (1)審査過程について
 (2)公文書の管理について
でありますが、
それ以前に、文章表現、論理の展開、結論の記載、といったところで、疑念があります。
意図されてとは思えませんが、「突っ込んでください」感が満点の報告書に仕上がっていると感じました。(報告書

順に疑念点を記します。
 監査の結果 1事実の確認の最後の部分。
 「監査に必要な関係書類の提出を求めた」とありますが、提出の書類を求めたことは、監査の結果ではない。求めた書類が何で、全てが、あったのかどうか、を記載すべきではないか?
 必要な書類は全てあったのかどうか? 下を読めば、書類に不備がある様に思うが、問題ないとなっている。 すなわち、「監査に必要な関係書類の提出を求めたが、xxxは存在しなかった。よって、xxxは存在しない状態で、監査を行なうこととした。」とでも記すべきかと思います。

2監査の意見 (1)の部分。
 「審査会議事録及び担当課職員への聞き取り調査を行なったところ、」で始まり、約1ページの審査過程の説明がある。 
これは、全て、議事録と聞き取り調査の内容なのだろう。
これを受けて、「以上のことから、当日の審査会開会から閉会までの状況においては、個々の審査委員の採点結果を正しく反映していると認められる」と結論づけている。
手書き採点の個票は無く、集計結果も、各委員が確認したわけではなく、委員長のみが確認し、各委員には各提案者の合計点、平均点のみが伝えられたという集計の仕方であったにもかかわらず、です。
これでは、当日の審査会開会から閉会までの状況において『監査』できているのかどうか不安です。
さらに、議事録には、この、採点やりなおしの過程は、一切記されていません。
個別に、審査会閉会時の採点結果を出してほしいと担当課に問い合わせましたが、「上書きして、無いんです。すみません。」とのことでした。
 この議事録は、当日のことだけが記されたものなのか、その後の採点やりなおしの過程は、どういった資料で残されているのか、監査は、関係書類としてそれらを確認したのか、謎は深まるばかりです。

監査報告で、わかったことはわかった、わからないことはわからないと書いていただかないと全てが謎に見えてきます。

そして、その後、審査会を閉じた後に行われた修正依頼~集計のやりなおし~決定について、
まず、「評価項目の評点が10点満点中5段階で評点を記入すべきところ、10段階での評点を記入されていたことが判明」という日本語があります。 
私は、最初これを読んで、5点満点のところに、6点とか7点をつけた人がいたのか、と解釈しました。
本来の配点以上に加点され、それがそのまま採点されることは問題ありですね。
 で、担当課に確認すると、そうではなく、「10点満点の5段階評価」を期待していたところに「10点満点の10段階評価」された方がおられたとのこと。 つまり、ルールは、10点満点の項目に、10,8,6,4,2のいすれかで採点してほしい、というもので、そこに、7とか、5とかが書かれていたということらしい。
確かに、上記の日本語は正しく、間違ってはいない。
しかし、これを読んで、上のように理解する人は何人いるだろうか?
 まさか、10点満点の5段階評価が、こんな意味を持っているとは、である。
記述者のなんらかの意図は感じられないが、推敲の際に事情を知らぬ人がひとりでも読んでいれば、補足が必要なことは明白である。
 次に、最後の部分、「再度集計された結果の最高点提案者を最優秀提案者と決定」とあります。
これを読んで、初日の最優秀提案者と、再度集計された結果の最優秀提案者が別のものだと誰が読めるというのでしょうか?
 これも、窓口に確認に言って、1位と2位が逆転したことを確認して明らかとなったものです。 
こちらについては、私は、記述者の意図を感じてしまいます。
 これらを通して、総合的には、
「時間がなかったので、手順を端折って些細な修正を行なってしまった」と見せようとする意図を感じるのは私だけでしょうか?
 
 審査会閉会後の一連の修正内容については、審査委員の3名への聞き取り調査をしたとあります。
この結果について、「各項目の細部の点数は不明な部分も散見されたが。。。。。ご自分の採点と全員が認められた。」と記載されていますが、これは、「結論として正しい。」ありきの監査であると言われても仕方ないように思われます。
 書くべきは、「監査を行なっても、わからなかった」ではないでしょうか?
私は、監査は、事業が規則どおりに行われたのかどうかを判断するものであり、それ以上でもそれ以下でもないと思っています。

通常、問題事例の分析は、
①規則どおりにやられているかどうか
 (規則があるにもかかわらず、それが実践されなかったのか)
②規則に不備があり、問題が起きたのか
で行われ、
原因がどこにあるかにかかわらず、
③生じた問題をどのように処置するか
があると思っています。

監査は、その一歩で、①に主軸を置く(②も一部含まれても良いと思うが)もの
②、③は、行政、当事者が主体的に動くもの。特に③については、総合的な判断が必要になるもので、首長判断に委ねられるものと思います。
監査が、③について、意見を述べるのは、あっても良いとは思いますが、それはあくまでも「意見」でしかありません。

監査の意見(2)公文書管理の部分
これについても、多くは求めませんが、今の三宅町の条例、規程等の体系において、個別の採点表は公文書にあたるのかどうか、また、新たに判明した、初日閉会時点での得点票(集計結果)は、公文書にあたらないのか、一般的な事務監査の基準からみて、閉会後の修正~再集計の過程の記録、報告は問題なく行われていたのか、監査委員としての意見をいただきたいところです。

その他
 事業には、目的があり、その目的を遂行するための手段がある。
 「目的のためには手段を選ばず」、ではいけない。そこで、手段に、制約やガイドラインを設けているのが規則。ただし、規則どおりに事業をやっているからといって、目的に向かっているかどうかは別問題。
 つまり、事業を規則どおりやっているかどうかだけでは、評価基準としては不足である。
 「規則には、そこまで書かれていないから、(やらなかった)」は、要注意。 
規則に無いものは、本来の目的の達成に照らし合わせてそれなりの立場の者が判断すべきことである。
だからといって、もちろん、目的のために、規則をねじ曲げることは、御法度である。
規則にしばられて目的を見失うのも困るし、目的に突き進むが故に規則を捻じ曲げてしまうのも困る。
うまくバランスを取って、やっていってほしいものです。

積極財政


久々の更新。(エンデの遺言、以来になります。)
昨年12月のことですが、
「積極財政をどのように考えるか ―MMTに関する報告と討論―」
というWEBセミナーに参加しました。
経済学者の朴勝俊✕建部正義✕岡本英男が、積極財政やMMTの是非に迫るシンポジウム。
とのことでした。

朴先生の講義、そのダイジェスト版が、公益財団法人政治経済研究所のYoutubeチャンネルに
「財政破綻論」は本当か?
として掲載されています。

朴先生ご自身お気に入り?の、
政府と民間のバランスシート(資産負債部分のみ)を用いて、
『徴税とは何か』、
『国債とは何いやか』、
『徴税で国債を返すということは何を意味するか』
を説明してくださいました。

政府_民間

徴税は、世の中からお金を吸い上げる手段。
国債発行は、世の中にお金を供給する手段。
徴税で国債を返すという行為は、世の中からお金を少なくするということ。
国債を日銀が市中から買い取るということは、統合政府のバランスシート中の、
国債が準備預金に変わるだけ(マネーサプライの量には直接影響しない)など。

MMTや、積極財政に対して、
「すでに、アベノミクスで、こんなに金融緩和してるやん。まだばらまくつもり?」
「いやいや、アベノミクスは、ちっともマネーサプライ(世のお金の総額)を増やしていないのです」
といった会話が聞かれましたが、この図で説明されるとすっきりします。
(国債の日銀買取は、マネタリーベースを増やすが、マネーサプライは変わらない)
アベノミクス初期は、金利低下に作用することでマネーサプライの増加には寄与したかもしれないが、
その先は、財政出動を伴わない限り、マネーサプライの増加には寄与しない、ということのようだ。

結局は、
『お金って何なん?』に対しての認識。
すなわち、金本位制から管理通貨制にしくみは変わったが、
人は、モノとしてのお金、という認識から脱却出来ず、信用としてのお金を扱いかねている、
というのが、現在の状況なんだと思います。

①「貨幣は国家の創造物である」ことを認知した上で、
②財政政策は、未来への公共投資に使う
ことの合意形成が重要なnんだろうと思いました。

朴さんの講義は、1回で解った気にならず、10回ぐらい見ないといけないと思っています。
(そういった意味で、ダイジェスト版には入っていませんが、岡本英男さんの発言にも強く同意しました。)
ベーシックインカムの話、大西つねきの考え、エンデの話なんかにも連なる話です。


町長選を通して政策を考える(2)

町長選を通して政策を考える(2)

今回は、『入札監視委員会』です。

候補者のチラシに入札監視委員会の設置という記載がありました。
複合施設の工事(約8億)の入札に関連しての事だと思います。

ここで、ご提案。
テーマを『公共事業の執行』と枠を広げ、
議会の音頭で、有識者の住民さんを交えた検討会議を開き、
結論を要望としてまとめるというのを、やってみませんか?

(結論を先に書くことにしました。)

実施にあたっては、議会で賛同を得ることと、実際に検討会議に
参加していただける住民さんが現れる必要があります。
多方面からのご意見をお待ちしています。



入札に関しては、この規模の工事は、一般競争入札でなく、
総合評価落札方式で行うべき、との声も聞きました。
また、一般競争入札では、どうしても工事のコストダウンが
先行することとなり、施工管理の体制が重要になるとの話も
聞きます。 役場内の技術管理能力など、公共事業の執行体制
を不安視する声も依然絶えることがありません。

入札が、公正でないというわけではありません。ただ、町の資産と
なるものを作るにあたり、できるだけ低コストで資産価値の高いもの
を作ってもらえるように契約を進めるという観点から、今のしくみが
妥当なものなのかを皆で納得する必要があるのだと思うだけです。

また、私は以前より、公共事業への割高感を持っており、それを、
『仕方のないこと』と、納得して良いのかどうか答えを出せていません。

100坪の消防建屋が、1億円。
石見駅前整備 9億円。(土地代が5億ほど)
小学校のエアコン、7500万円。(ざっくり1部屋250万円ほど)
(記憶のまま書いています。間違っていたらごめんなさい。)

ただ、これらの金額を聞き、理由の説明を受けた時、私は、
町に事業を一切やらせないのが良いのではないか、
と思ったものです。

真実はどこにあるのかわかりませんが、割高の理由として、
『公共事業は、書類作成や検査など請負側も民間事業以上のオーバーヘッド
があり割高になる。』
『公共事業は、民間にお金を流すという役割も持っているから(安くなくていい)』
『大体、ゼネコンが受けて、子会社に流すという形を取るので、その分割高になる。』
や、
『民間の場合、公共の入札が終わった価格あたりから、本当の値引き競争が始まる。
公共事業は、そこまでやらないもの。』
といった話を聞いたことがあります。

まるで、、
国から半分補助をもらって、民間の倍近い値段で仕事を出している。
という感覚を覚えました。(それで納得?。。助けて。)

潤沢に公共事業のお金が降ってきている間は、それでも良いのでしょう。
何も、世の中のデフレマインドを助長するような事はしたくありません。

そもそも、
『適正な量のインフラ更新を適正な価格で行う』
のが本来の姿ですが、公共事業のお金が絞られている今、
事業の、『適正な量』も『適正な価格』も、
見直してゆく必要があると思います。

町内には、過去にその道のプロであられた方が多くお住まいになって
います。そういった方々の力をお借りして、
現行のしくみに納得するか、納得のいく方法に変えてゆくか
したいものです。

以下参考。

地方公共団体における 入札監視 委員会等 - 国土交通省

総合評価落札方式

公共事業と民間の請負価格でどうして差がでるのか | ゴブリンの洞窟



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町長選を通して政策を考える(1)

町長選を通して政策を考える(1)

今回は、『複合施設関連』です。

選挙戦では、現職は、対話を重視して計画を進めてきた、と言い、
他2候補は、見直しを主張していました。

見直し側の主張は、
①そもそも不要、など、必要性に疑問を投げかけるもの。
②必要なのかもしれないが、費用がかかりすぎる。身の丈に合っていない。
③対案の情報など「必要」に至る十分な説明がない。
④開発体制に疑問。(時期、合意形成、業務委託、役場の体制)
といったものに分類できると思います。

①、②、特に「必要性」に関しては、正解の無い命題であり、合意形成を持って政治判断されるものと考えます。
また、費用対効果もその先にある政治判断と考えると、これらは、要は「合意形成」の問題に帰結するものです。
ということで、根本的には、③、④が問題の本質と考えます。

③関連では、
 ・つながり総合センターはどうするのか?
 ・公民館の耐震性は?
 ・既存のものを補強、修繕して使い回す場合との費用比較
 ・場所が悪い。(対案はあって無いようなもの)
 といった疑問があがっていました。

また、④関連では、
 ・「過疎債は今しかないから」という説明の真偽。
 ・住民プロジェクトで、①、②からはじめるべきところを、
  「建てる」ありき、「場所決定」ありき、「機能構成」ありき、でのスタート。
 ・入札のありかた/検査体制
などあり、突っ込みどころが多々ある行政運営と映りました。

行政は、今回の選挙で現職が当選を勝ち取った事で、
「住民の信任が得られた」と、これらの疑問、考えに対し、
切り捨てることなく真摯に対応する必要があるでしょう。


さて、私は、複合施設の建設には賛成の立場を取っています。
しかし、その進め方には疑問があり、一旦立ち止まるのが良いとの考えです。

そもそも、「過疎債があるうちに」を錦の御旗として、本来の検討ストーリーを端折って
すすめてきた事が噴出してきているように思えるからです。

「そもそもの必要性」を住民を交えて議論せず、それどころか、町の施設の全体の計画
として公共施設の管理計画を具体化しないままでの建設となってしまったこと。
建設場所についても、自分らがハンドリングしやすい所のみを選択肢として決定したこと。
これらが、今になって、『中長期計画に則らない、いきあたりばったりの政策判断』
ととられるものとなったと反省しています。

「過疎債が本当に使えなくなる」のであれば、この選択肢もあったかと思います。
今年の5月段階で、国では、有識者会議かなにかで、最終報告されているようで、
そこでは当然のように過疎債は継続されるとの意思が示されています。

またさまざまな方から、「国は制度を変える時でも、激変緩和措置を必ず行うもの」
という事も聞いており、役場の職員も、それを知らないはずは無い。そういった中で、
「過疎債があるうちに」と検討プロセスを端折ることは、なんとも残念でなりません。
せめて、今後の維持コストを下げるための設計努力は、もう少し時間をかけてやるべき
と考えます。

職員が手薄であるなら、なおのこと、住民を巻き込んだ体制を構築してゆく必要があります。
それに対して、議会は何をできるのか、よく考えて進んでゆきたいと思います。

以下、ご参考。
3月議会(今年度予算)反対討論 80ページ(PDF上83ページ)を表示します。中段ごろより反対討論あり。
6月議会(工事請負契約)反対討論 こちらは、会議録がまだなので私のメモを掲載しました。
新過疎法 理念に持続可能性 都市集中リスク指摘 有識者提言 
過疎問題懇談会 新たな過疎対策に向けて~過疎地域の持続的な発展の実現~(概要版)
(他にも、「新過疎法」などでいろんな記事がひっかかってきます。)

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R2年7月三宅町長選挙


令和2年7月12日 三宅町の町長選挙が終わりました。
森田氏(現職)の再選で、2期目のスタートです。

IMG_0693.jpg

IMG_0700.jpg

選挙戦では、ちらしや演説等でいろいろな事が述べられましたが、
ここで、今回の町長選を通して、
「これからの政策」として振り返っておきたい
と思います。

いずれにせよ、選挙に立候補する、ということは、何らかの強い思いが
あってのこと、そのメッセージはその場限りではなく、何等かの形で
引き継がれてゆくべきものと考えます。
(中にはそうでは無いものもあるのかもしれませんが)

次回から、何回かに分けて、候補者の訴えや、住民さんの反応などからや、
それにつけて、私が思いを巡らせたものなどを記してゆきたいと思います。

以下に、キーワードを列挙します。
複合施設のこと、入札監視委員会、
農業政策(大規模、付加価値)、
小規模地域包括システム、ふれいあい保育、
町の中長期計画、政治の貧困、
過疎対策、コンビニ、

など。

みなさまからのご意見も合わせて、今後、政策として行政に提案できればよいと
思っています。

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ごあいさつ
松本健(まつもと たけし)です。

町議会、自治会等を通して、

ずっと住み続けたい町

のために、自治、自立を目指した住民主体のまちづくりに取り組んでいます。

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〒636-0211

奈良県磯城郡三宅町三河613

TEL. 090-8452-5455

E-mail. matsumo.take@gmail.com

プロフィール
松本 健(まつもと たけし)

松本健(まつもと たけし)

昭和37年11月12日生まれ
三宅小学校、式下中学校卒業の後、奈良県立畝傍高等学校を卒業。
昭和60年に大阪大学工学部を卒業ののち、民間企業に入社。
主に神奈川県川崎市でマイクロプロセッサの設計、開発に従事。
2011年5月、同社に26年間勤務の後、故郷三宅町に戻り現在に至る。
2016年7月より、町議会議員として活動を開始。
妻と小学生の子ども1人に高齢の父の4人暮らし。三河在住。

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