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第14回マニフェスト大賞キックオフ大会 名古屋

昨年、視察研修で伺った早稲田大学のマニフェスト研究所関連で、毎年行われるマニフェスト大賞のキックオフ大会が、名古屋で行われるということで、森内議員と一緒に行ってきました。

IMG_0151.jpg

犬山市議会議長のビアンキさんやマニ研顧問の北川さんなどのお話を生で聞くことが出来、夢と希望を呼び起こすことが出来ました。

若者x議会の話をしてくれた、大学生の上條さんの話も、非常に興味深かったです。
最後は、北川さんのしめくくりですが、しきりに、
 「日本は地方から変える、地方は議会から変える」
を繰り返されていました。
非常に良い言葉だと思うし、北川さんが前々からおっしゃっていることそのもので、そのために10数年がんばって来られたという熱意が伝わる言葉です。

中央集権では、高度成長後の日本を変えることは出来ない。そのため地方分権が生まれた。地方分権で地方を元気にするのは、議会の仕事で議会にしか出来ない。
というものです。
 
 参考:ローカルマニフェスト推進連盟

先に、森内さんが、結構まめに感想をUPしておられましたので、そちらにもリンクを貼っておきますね。(リンク

豊かさって何?

「豊かさって何?」

 技術革新によって、人は豊かになりました。主食のコメも、機械を使わずに作ったら一人で精々1反が精一杯でしょう。1反で4石(4人が1年で食べる量)と言われますので、4人に一人(25%)がコメ作りをしないと食をまかなえなかったことになります。
今や、機械をそろえるのにお金はかかるものの、コメ1反は30時間ほどで出来るそうです。

現在、一農家で、一町(10反)以上作られている方が大勢おられます。(1反600Kgで10万円そこそこ、一町でも100万円程度ですが。)
そうなると、40人に一人(2.5%の人)で、国内のコメが賄えるという計算になります。
生産性は10倍以上あがっているのでしょう。仮に、生産性が10倍になったとして、コメの価格が1/10になったなら、コメを作る人は、同じ時間働いて、10倍のものを産み出さないと生きてゆけないことになります。
生産性向上は、モノの量に転嫁されて、生産者の労働時間は変わらないという結果になります。

 エレクトロニクス、コンピュータの世界では、20年で1000倍の性能向上がありました。
コメの場合と同様に働く人が1000分の1で済んだのかというとそうではなく、生産量の増加を伴なって、1000倍の性能のものが以前と同じような値段で売られています。

 技術革新、生産性の向上により、人間の労働時間って、それほど短くは、なっていません。
確かに週休2日とか、定年とか年金とか、江戸時代よりは労働時間は減っているのかもしれません。

 産業革命や高度経済成長の時期、技術革新を、もっぱら富の増大(モノの量、性能)に向けることで、人は豊かな社会を築いてきました。これから先は、技術革新の果実を半分でも労働時間の短縮に向けられる社会にしてゆかないと、人はこれ以上に豊かになれないと思いますが、みなさんは、どのようにお考えになられるでしょうか。


 最近、「AIが人間の仕事を奪う」などと言う人がいます。産業革命のころも、「機械が人間の仕事を奪う」とか言われたものです。AI化により、ますます、生産が必要とする資本と労働力の比率が変わってくることは確かでしょう。

だからと言って労働分配率が小さくなってはいけないのではないでしょうか。
資本と労働が富を生み出すわけですが、生産の源はあくまでも労働にあることに変わりありません。
資本が生む富が増大すればするほど、富が一部の人に集中することになるのですから。

今後、さらなる技術革新により、みんなが1日4時間ぐらい働いて、豊かに暮らせる社会が来ればいいのにな、と思っています。


「分配重視の社会」


 「豊かさを労働時間の短縮につなげられる社会」、これって新自由主義(自由競争、グローバリズム)
の先にはありませんよね。私は、地域社会、分配重視の先にこそ、その豊かさはあると思っています。
 以前は、保守と革新と言われていた政治対立の構図が、最近、「リベラル」という言葉でおきかわって来ています。
 それは、ベルリンの壁崩壊など、東西対立の構図がこの世から消えてなくなった事にも起因するそうです。
 昔は、資本主義、社会主義、の対立があり、資本主義の中でも、福祉や分配重視の修正資本主義のような考えが穏健な保守というか中道といった名で支持を集めていました。その後、ベルリンの壁崩壊により、社会主義の勢力が姿を隠し、資本主義の中での、自由競争重視と分配重視(穏健な保守)が対立の構図と変わってゆきました。

 一方で、「リベラル」という言葉、自由主義とか訳されるが、要は「権威主義」「全体主義」の逆。
偉い人に政治を委ねる(まかせる)のではなく、市民参加でやってゆくというもの。(市民社会重視)

 分配を重視するにあたって、権威主義的、中央集権的、体制的にやってゆくのが、善人の領主さまによる統治であったり、社会主義国的な分配であったりで、市民参加でやってゆくのが、社会民主主義、欧州的リベラル、北欧の福祉国家、などの領域となるようです。

 下の図は、政治姿勢を2つの軸(価値観、お金)で分けたもの(ビデオニュース、宮台氏、中島氏ら)です。
池田信夫氏は、批判していましたが、まあ、いろんな考え方があるでしょう。

市民-分配


私は、市民参加型で分配重視の道を追い求めたいと思っています。

公共事業は高くつく?

 私は、もともと、ケチな質なんでしょうか、よくお金の計算をしていました。
で、三宅で子どもを保育園に入れている時に、幼児園(三宅ではこう呼ぶ)の改修工事が2度(一度目が幼稚園舎側、二度目が保育園舎側)が入ることになりました。
2度目の改修の時に、園の説明で、「昨年は、耐震のため、国からの補助金で幼稚園舎の改修を行いましたが、今年は引き続き保育園舎の改修を行っていただくことになりまとした。
これは国の補助金での耐震改修ではなく、町単独の事業としてです。」と言われた。
どちらも、1億5000万ほどだったと思う。

私は、質問しました。
「耐震改修でも無く、平屋の10部屋ほどの改修に1億5000万って高くありませんか?」
明確な回答(なるほど、これくらいかかるもんなんだ、と納得できる回答)は示されず、「資料請求してください」などと言われたものの、逆に、この事業がどういう目的で企画されたのかを示す資料さえも存在しないことが分かった次第で、金額どころか、町の政策意思決定過程の問題を垣間見る事になりました。

 その後、石見駅前開発についても、上と同様。開発の具体的な目標、目指すゴール、に納得のゆく熟議の後は見られず、事業規模、予算についても?。 
費用については、当然の事ながら、規定のルールに基づいて設計、見積り、発注がなされているもので、不正云々の話ではありません。
どのように目標設定をし、住民の合意を得て、事業開始となったのかが不明であるということです。

 また、ある時、議会で、水道工事(破損の改修)に302万の補正予算を組む話がありました。
私は、「金額の妥当性を説明してください。」と問いましたが、意図した回答は返ってきませんでした。
規定のルールに則って設計された費用である、ということです。
私は、家庭への新規の水道引き込みが最低で30万円ほど、ということ、水道管工事の改修期間は高々数時間ではないか、1人月以上の人件費がかかるわけでもあるまい、などと思いを巡らせながらの質問だったのですが、そういうものではない、ということです。

 次に出てきたのが、新しく出来た消防詰所。京奈和、伴堂東交差点近くのものです。
一階に、消防車のスペースと、何部屋かがあって、2階にも、詰所スペースがある。床面積が100坪程度のもの。
あと横に車が6台ほど入るガレージがある。これの建設費が1億以上(土地含まず)。
ちょうど、加計学園の校舎の建設費の話がテレビでやっているころで、坪単価100万円は高いとか言っている時だったので、「え~、この詰所、坪単価100万円以上するの?」と思った次第です。

 他に、小学校へのエアコン設置の話もあります。20部屋ほどにエアコンを入れるのに5000万円ぐらいかかるとのこと。
他市町村の学校でも、それくらいかかっているらしい。
大容量の電気工事だからとか、いろいろと言われるが、1部屋250万は無いんじゃないか? と思ってしまうのは私だけだろうか。

「公共事業は、安かろう悪かろうじゃいけないので、どうしても割高になる」
「入札で安い値段で落札させて、手抜き工事等により後で問題が起きないように最低価格を設けている」
「公共事業自体に、産業の育成の意味合いもあるので、むやみな値段のたたき合いは良くない」
「とにかく、おおやけがやったら、なんでも割高になる。そういうもんだ。」
「入札の最低価格は、民間の競争で言うと、だいたいスタートラインの価格。民間の事業では、そこから、どれだけコストを下げるかが競争力。」

などと、いろいろな人から話を聞かせてもらった。

 私は、これらの話を聞いて、「そんなんやったら、町には、一切、事業はしてもらいたくない。」と思ってしまいました。
極論すると、政府は、所得の再分配だけきっちりやってくれればいい。
再分配と公共サービスをごっちゃまぜにして、競争力のない公共サービスをやられていては、たまったものではない。
 
 行政がつくる建物は、しっかりとしたものでなくてはならない、と言われますが、これからどのように人口変動があるのかもわからないところに、もし100年設計の消防建屋を建てていたとなると、それも問題。
子どもにエアコンは付けてあげたいが、30人学級に250万円でしかエアコンが付けれないなら、何か根本的に問題があるのではないか。

 まさに、その事業の担当者自身が、「ルールどおりにやったらこの値段」で済ませるのではなく、「自腹を切るなら、これだけ出すのか」、「同じお金ならもっと有意義に使えないのか」、を常に念頭に置いた行動をしてくれる団体でこそ、税金を使う資格があると私は思います。

町と県と国の財政のこと


「町と県、国、どこがどれだけのサービスをしているか」

 日本は、ここ10年ほどで、「低負担」「低福祉」の国になったと言われている。
一方では、国の借金が1000兆円(一人1000万)あり、増税の影が見え隠れしている。
「低負担」はみかけにすぎず、実は「中負担」「低福祉」なのかもしれない。

 借金返済にあたって、成長なくしてなんとか無し、とか、税となんちゃらの一体改革とか、
訳分からないので、政府のどこがどれだけの税金を使って、何のサービスをしてくれているのか、調べてみたことがある。
(平成27年~28年の、国、奈良県、三宅町の決算データ等をもとに、仮に国は奈良県が100個ほどの集まったもの、奈良県は三宅町が200個ほど集まったもの、と考えて整形したものです。全体のイメージがつかめると思います。)

家計と町県国P7

 あえて、一人あたりでなく、世帯あたりにしています。そっちのほうがイメージしやすいと思ったので。
 三宅町民の場合、町は3000世帯、県は60万世帯、国は5000万世帯。
 それぞれ、予算規模(正味)は、町が48億(国保含む)、県が3500億で、国が35兆(地方への交付分含まず、年金、社保含まず)。
 世帯あたりにすると、町160万円、県58万円、国70万円、使っている計算。
ちなみに、税金は、世帯平均収入550万円の世帯で、160万ほど(所得税、消費税、住民税、固定資産税に加えて国保、水道、教育関係等含む)。差額は、法人税、国の雑収入、国債発行、などで賄われている。
 全体としては、税金は国に多く納めていて、サービスは町から多く受けている。(それを補正するのが交付税など)

 町の広報などでは、国からの交付税は、「仕送り」といった言葉で扱われたりしているが、そもそもは、町民が国に納めている税金を、返してもらっているだけのこと。なにも卑屈になる必要はない。

 「増税の前にやるべきことがある」と言われ続けて久しい。国や県も、デタラメなお金の使い方をしていると、私は確信しているが、まずは身近なところ(町)から正してゆかねばならないと思っている。しかも、世帯あたりで見ると町が一番大きな支出先になるわけだから、やっぱり、町からでしょ、身を正すのは、と思ってしまいます。

「町の財政を住民が受けるサービスとして分析」

 町の160万円のうち、60万円が国保。残り100万で、福祉や教育(町の分)、消防、水道、インフラ維持、などが行われている。
 国や県に比べて、担っているサービスも多く、用途の決まったお金の出入りが多く、町ごとの自由度は決して高くない、と言われており、「仕方がない」と片付けられていることも多いと思います。ただ、一方では、世帯あたりではこんなに大きなお金が扱われて
いるにもかかわらず、予算総額が小さいこともあり、マスコミ等の注目も低く、事業の執行が厳しい目にさらされていないことも事実です。
「議員しっかりしろ」ですね。

以下は、奈良県下の市町村+長野県下條村(奇跡の村)、の単位人口あたりの職員数のグラフです。
(赤いところが三宅町)

人口と職員数

また、横軸を人口密度にすると、こうなります。

人口と職員数2

自治体規模が小さかったり、人口密度が低かったりすると、人が多くかかる、という傾向はあるようですが、同一規模の自治体でも、上下1.5倍ほどの開きがあるようです。
改革にあたっては、人件費を削減しても、施設管理やサービスを委託に出すことで、扶助費や物件費が膨らむといった事もありますので、業務自体の効率化、見直しを伴なっていなければ意味が無いといえるでしょう。


財政の問題は、まずは身近なところから!
やれているところもあるんだから、がんばろう!


ごあいさつ
松本健(まつもと たけし)です。

町議会、自治会等を通して、

ずっと住み続けたい町

のために、自治、自立を目指した住民主体のまちづくりに取り組んでいます。

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〒636-0211

奈良県磯城郡三宅町三河1-2

TEL. 090-8452-5455

E-mail. matsumo.take@gmail.com

プロフィール
松本 健(まつもと たけし)

松本健(まつもと たけし)

昭和37年11月12日生まれ
三宅小学校、式下中学校卒業の後、奈良県立畝傍高等学校を卒業。
昭和60年に大阪大学工学部を卒業ののち、民間企業に入社。
主に神奈川県川崎市でマイクロプロセッサの設計、開発に従事。
2011年5月、同社に26年間勤務の後、故郷三宅町に戻り現在に至る。
2016年7月より、町議会議員として活動を開始。
妻と小学生の子ども1人に高齢の父の4人暮らし。三河在住。

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